従業員又は元従業員による社内情報の投稿及び持ち出しへの対応

退職した営業の担当者が競合する会社に移り、その直後から、当社の得意先にだけ狙いを定めた提案が始まった。提案の書面には、当社が社内でのみ用いている見積の区分と、担当者ごとの値引きの上限が、そのまま反映されている。加えて、匿名の書き込みに、社内の会議でしか触れていない来期の計画が記されている。このような御相談を、当事務所は数多くお受けします。

社内の情報が外に出る場面では、二つの問題が同時に生じます。一つは、情報そのものの利用を止め、生じた損失を回復する問題です。もう一つは、情報が匿名の書き込みという形で公になっている場合に、その書き込みへ対処する問題です。前者は不正競争防止法の問題であり、後者は権利の侵害への対処の問題です。両者は根拠も手続も異なりますので、混ぜて考えてはなりません。

結論から申し上げます。持ち出された情報について会社が採り得る手段の幅は、持ち出しの態様ではなく、その情報を持ち出される前にどのように管理していたかによって決まりますので、着手の前に管理の実態を確認する作業が不可欠です。管理の実態が伴わない情報については、持ち出しの事実を証明できたとしても、不正競争防止法に基づく請求を組み立てることができません。以下、順に御説明します。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

社内の者による行為への対応は、情報の保護を論ずる場面と、書き込みへの対処を論ずる場面とに分かれますので、次のとおり切り分けます。

社内の情報が外に出る経路は、限られています

経路は五つに整理できます。第一に、社内の端末から外部の記録の媒体へ複製する経路です。第二に、社内の電子メールから外部の宛先へ送信する経路です。第三に、外部の保管の役務へ書き出す経路です。第四に、紙に出力して持ち出す経路です。第五に、画面を撮影する経路です。

このうち、第一から第三までは、社内の記録として痕跡が残ります。第四は、出力の記録が残る仕組みが設けられている場合に限り把握できます。第五は、原則として痕跡が残りません。したがって、調査は第一から第三までを中心に組み立て、第四及び第五については、外部に現れた情報の内容から逆に推認する方法を採ります。

調査を始める際には、対象とする期間を先に定めてください。退職した者による持ち出しが疑われる場合、退職の申出の前後1か月と、最終の出社の日の前2週間が、重点となる期間です。この期間に限定して記録を確認することにより、作業の量を現実的な範囲に収めることができます。

営業秘密として保護されるための三つの要件

不正競争防止法第2条第6項は、営業秘密を、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものと定義しています。ここから、秘密管理性、有用性、非公知性の三つが要件として導かれます。

実務で争点となるのは、第一の秘密管理性です。会社が主観的に秘密であると考えていただけでは足りず、当該情報に接する従業員が、それが秘密として管理されていることを認識できる状態であったことが求められます。具体的には、閲覧できる者が限定されていること、秘密である旨の表示が付されていること、持ち出しの禁止が周知されていることが、判断の材料となります。

第二の有用性は、事業活動に役立つ情報であれば足り、現に利益を生んでいることまでは求められません。第三の非公知性は、保有者の管理の下にある以外では一般に入手できない状態を指します。取引先に対して制限なく提供している情報や、製品から容易に知ることができる情報は、この要件を欠きます。

したがって、着手の前に行うべきは、対象とする情報について、閲覧の権限がどのように設定されていたか、表示が付されていたか、規程で持ち出しが禁じられていたかを、記録の写しによって確認する作業です。この確認を経ずに請求に踏み切りますと、相手方から秘密管理性を争われ、実質的な議論に入る前に敗れます。

持ち出しの事実をどのように立証するのか

立証の資料は、社内の記録と、外部に現れた情報の内容との二つに分かれます。

社内の記録としては、端末への接続の記録、外部の記録の媒体の接続の記録、電子メールの送信の記録、印刷の記録、入退室の記録が用いられます。これらの記録は、保存の期間が定められていることが通常ですので、疑いを持った時点で、対象の期間の分を保全してください。保全の際には、記録を取得した日時と担当者を記載した書面を作成し、記録と一緒に保管します。

外部に現れた情報の内容としては、競合する会社の提案の書面、書き込みの内容、取引先から提供を受けた資料が用いられます。ここで有効なのが、社内の資料に固有の特徴との照合です。独自の分類の記号、社内でのみ用いる略称、誤記の存在、書式の特徴が、外部の資料に現れている場合、その資料が社内の資料に由来することを示す有力な資料となります。

この照合を行うため、社内の資料の版の管理を確認してください。いつの時点の版が外部に現れているかが判明すれば、持ち出しの時期を絞り込むことができ、当該時期に当該資料へ接することができた者の範囲も絞り込むことができます。

差止め及び損害賠償を求めることができる範囲

不正競争防止法第2条第1項第4号から第10号までは、営業秘密に関する不正競争の類型を定めています。第4号は、窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為及びその取得した営業秘密を使用し又は開示する行為を掲げています。第7号は、営業秘密を保有する事業者からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し又は開示する行為を掲げています。第10号は、技術上の秘密を使用する行為により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為を掲げています。

在職中に正当に示された情報を、退職の後に用いる行為は、第7号の構成によることが通常です。この場合、目的の要件が争点となりますので、退職の直前に大量の複製を行っていた事実や、退職の後に短期間で当社の得意先に集中して働きかけている事実を、資料によって示します。

同法第3条第1項は、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者が、その侵害の停止又は予防を請求することができると定めています。同法第4条は、故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者が、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。同法第5条第1項は、損害の額の推定等について定めており、侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を基礎とする算定を可能としています。

加えて、同法第6条は、侵害の行為について、相手方が自己の行為の具体的な態様を明らかにしなければならないことを定めています。相手方が「使用していない」とのみ述べる対応を封じるための規定ですので、請求の段階から活用を予定してください。

就業規則及び誓約書による守秘義務との関係

不正競争防止法による構成が難しい場合であっても、契約上の義務による構成が残ります。就業規則に守秘義務の定めがあり、又は入社時若しくは退職時に誓約書を取得している場合、その違反として責任を追及することができます。

労働契約法第3条第4項は、労働者及び使用者が、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならないと定めています。明文の定めがない場合であっても、この規定を基礎として、労働契約に付随する義務としての守秘義務を構成する余地があります。

もっとも、契約上の義務による構成には限界があります。第一に、差止めを求めることができる範囲が、条項の文言に依存します。第二に、損害の額について、不正競争防止法第5条第1項のような推定の規定が用意されていません。第三に、既に退職した者との関係では、退職時の誓約書がなければ、義務の存続を主張する根拠が弱くなります。

したがって、退職の手続の中に、誓約書の取得を必ず組み込んでください。誓約書には、対象となる情報の類型を具体的に列挙します。「業務上知り得た一切の情報」という包括的な記載のみでは、対象が特定されておらず、実効性を欠きます。

匿名の投稿である場合に発信者を特定する手順

書き込みが匿名で行われている場合、投稿者を特定する手続が必要となります。特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律第5条第1項は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、発信者情報の開示を請求することができると定めています。同法第8条は、裁判所が申立てにより開示関係役務提供者に対して開示を命ずることができる旨を定めています。

従業員又は元従業員による書き込みが疑われる場合、この手続と並行して、社内の資料による絞り込みを進めることができます。書き込みの内容に含まれる情報が、社内のどの範囲の者に共有されていたかを確認し、その範囲の者を候補として整理します。あわせて、書き込みが行われた時間帯と、当該候補者の勤務の状況とを照合します。

ただし、絞り込みの結果によって特定の者を名指しし、社内で調査を行うことには慎重であるべきです。推認が誤っていた場合、当該従業員に対する加害となります。事情の聴取を行う場合には、名指しを避け、情報の管理の状況の確認という枠組みで実施してください。

刑事の手続を選ぶ場合の判断

不正競争防止法第21条第1項は、営業秘密に関する一定の行為について罰則を定めており、不正の利益を得る目的で、又は保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為若しくは管理侵害行為により営業秘密を取得する行為等を対象としています。

刑事の手続を選ぶかどうかの判断は、三つの点から行います。第一に、秘密管理性についての社内の体制が十分であるかどうかです。捜査機関は、この点が明確でなければ、着手に慎重となります。第二に、持ち出しの行為が客観的な記録によって示せるかどうかです。第三に、被害の回復を優先するのか、再発の抑止を優先するのかという会社の方針です。

刑法第233条は、虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者を処罰の対象としています。持ち出した情報を加工し、事実に反する内容として公にする行為については、この規定の適用の可否も検討の対象となります。

民事の請求と刑事の手続は、並行して進めることができます。もっとも、刑事の手続に入りますと、資料の一部が捜査機関に提出され、手元での利用に制約が生じる場合があります。民事の請求で用いる資料は、事前に写しを確保してください。

なぜ秘密として管理していたかどうかが分かれ目になるのか

理由は、法の構造にあります。営業秘密の保護は、情報そのものに権利を認める制度ではなく、保有者が秘密として管理している状態を保護する制度です。管理されていない情報は、法の予定する保護の対象に入りません。

これは、従業員の側から見れば、何が持ち出してはならない情報であるかを知る手掛かりが管理の状態にしかない、ということを意味します。閲覧の制限もなく、表示もなく、注意も受けていない情報について、後から秘密であったと主張しても、その主張は通りません。

したがって、会社が今すぐ着手すべきは、事後の追及の準備ではなく、管理の実態の整備です。第一に、情報を三つの区分に分け、区分ごとに閲覧の範囲を設定します。第二に、最も高い区分の情報には、その旨の表示を付します。第三に、持ち出しの禁止と、違反の場合の措置を、規程に明記して周知します。第四に、退職の際に、返還と削除の確認及び誓約書の取得を行う手順を定めます。この四つが整っている会社は、持ち出しが生じた場合に採ることのできる手段が格段に広くなります。

弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期

弁護士が担うのは、対象とする情報が営業秘密の要件を満たすかどうかの評価、社内の記録の保全の方法の指示、外部に現れた資料との照合の設計、相手方及びその移籍先に対する警告の書面の作成、差止めを求める仮処分の申立て、損害賠償の請求、並びに刑事の手続を選ぶ場合の告訴の代理です。

移籍先の会社に対する対応も、重要な部分です。移籍先が営業秘密であることを知り、又は重大な過失により知らないで取得した場合には、移籍先に対しても請求を行う余地があります。移籍先への警告は、内容を誤りますと、こちらが取引を妨害したものとして責任を問われる可能性がありますので、文案の作成は慎重に行う必要があります。民法第709条に基づく請求を受ける立場に転じることを避けなければなりません。

依頼の時期は、疑いを持った時点です。社内の記録は保存の期間の経過によって失われ、書き込みに関する接続の記録も同様に失われます。社内で調査を尽くしてから相談するという順序では、最も重要な資料を失った状態で着手することになります。

いま確認していただきたいこと

外部に現れたと考えられる情報を特定し、その情報が社内のどの資料に記載されているかを確認してください。次に、当該資料について、閲覧することができる者の範囲、閲覧の権限の設定の記録、秘密である旨の表示の有無を確認します。

あわせて、対象とする従業員又は元従業員について、入社時の誓約書、退職時の誓約書、就業規則の該当の条項の写しを揃えてください。誓約書が存在しない場合には、その事実自体を記録に残します。

最後に、社内の記録の保存の期間を確認し、対象の期間の分について保全を行ってください。端末への接続、外部の記録の媒体の接続、電子メールの送信、印刷、入退室の五種について、それぞれ何日分が保存されているかを一覧にします。この一覧が、調査に残された時間を示します。

よくあるご質問

顧客の名簿は営業秘密として保護されますか

閲覧の範囲が限定され、秘密である旨が明らかにされ、公然と知られていない状態にあれば、保護の対象となり得ます。誰でも閲覧することができる場所に置かれていた場合や、外部の名簿から容易に作成できる内容にとどまる場合には、要件を欠くことになります。

退職時に誓約書を取っていない場合はどうなりますか

不正競争防止法による構成が中心となります。就業規則に守秘義務の定めがあれば、その定めが退職後も及ぶかどうかを条項の文言に即して検討します。今後については、退職の手続に誓約書の取得を組み込んでください。

移籍先の会社にも請求できますか

移籍先が営業秘密であることを知って取得し、又は使用している場合には、請求の余地があります。移籍先が事情を知らなかった場合には、事情を通知した後の行為が問題となりますので、通知の日時と内容を記録に残すことが重要です。

本人に直接問いただしてもよいですか

記録の保全を終える前の接触は避けてください。接触によって、端末の記録が消される場合があります。保全の完了後に、名指しを避けた枠組みで事情を聴取し、その内容を書面に残す方法を採ります。

損害の額はどのように算定しますか

不正競争防止法第5条第1項の規定に基づき、侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を基礎として算定する方法があります。役務の提供に係る事業の場合には、失われた取引の額と利益率から算定することになりますので、取引先ごとの過去の取引の記録を整理してください。

おわりに

情報の持ち出しへの対応は、行為を追及する作業に先立って、管理の状態を確かめる作業から始まります。区分を定め、表示を付し、規程で禁じ、退職の手順に組み込む。この四つが整っていれば、事が起きた際に採り得る手段は残されています。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

従業員又は元従業員による社内情報の持ち出しに関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

出典

  • 不正競争防止法第2条第1項第4号から第10号まで(営業秘密に係る不正競争)、第2条第6項(営業秘密の定義)、第3条第1項(差止請求権)、第4条(損害賠償)、第5条第1項(損害の額の推定等)、第6条(具体的態様の明示義務)、第21条第1項(罰則)
  • 民法第709条(不法行為による損害賠償)
  • 労働契約法第3条第4項(労働契約の原則)
  • 刑法第233条(信用毀損及び業務妨害)
  • 特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(平成13年法律第137号)第5条(発信者情報の開示請求)、第8条(発信者情報開示命令)

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    弁護士土屋勝裕
    弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士。長島・大野・常松法律事務所、ペンシルバニア大学ウォートン校留学、上海市大成律師事務所執務などを経て事務所設立。400件程度のM&Aに関与。米国トランプ大統領の娘イヴァンカさんと同級生。現在、M&A業務・M&A法務・M&A裁判・事業承継トラブル・少数株主トラブル・株主間会社紛争・取締役強制退任・役員退職慰労金トラブル・事業再生・企業再建に主として対応
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