M&Aの対象会社に関する風評がある場合の調査と表明保証

株式の譲渡の基本合意に至り、調査に入る直前になって、対象会社の商号を検索した担当者が、代表者の親族と会社との金銭のやり取りを名指しで指摘する書き込みを見つけた。書き込みは3年前のもので、対象会社は存在自体を把握していなかった。買主の社内の稟議は、この一件で止まります。当事務所は、この段階での御相談を数多くお受けします。

M&Aの交渉において、対象会社に関する書き込みは、単なる評判の問題ではありません。買主にとっては、稟議を通すための説明の材料であり、価格を下げるための交渉の材料でもあります。売主にとっては、開示すべき事項であったかどうかが後に争われる可能性のある材料です。同じ書き込みが、立場によって別の意味を持ちます。

結論から申し上げます。対象会社に関する書き込みは、削除できるかどうかではなく、取引の条件としてどちらの当事者が負担するかを契約書の中で明示することによって処理すべき事項であり、この整理を怠ると、実行の後に補償を巡る紛争が生じます。削除の手続と取引の手続は、期間の見通しが異なりますので、削除の完了を実行の条件とする設計は、多くの場合に機能しません。以下、順に御説明します。

本記事が扱う場面と、扱わない場面

風評の取扱いは、取引の条件として論ずる場面と、書き込みそのものへ対処する場面とに分かれますので、次のとおり切り分けます。

相手方の会社を検索したときに出てくるものが、交渉の材料になります

買主が対象会社を調べる際、決算の書類よりも先に見るのが、商号と代表者の氏名による検索の結果です。ここで否定的な記述が並ぶ場合、内容の真偽にかかわらず社内の説明の負担が増え、稟議を通す担当者は案件を前に進めることができません。

売主の側から見れば、この状況は不利です。書き込みの存在を知らずに交渉に入り、買主から指摘を受けて初めて対応を始めますと、対応の内容にかかわらず、隠していたのではないかという疑いを招きます。信頼の低下は、価格の交渉に直接に影響します。

したがって、売主は、交渉に入る前に、自ら検索を行い、出てくる記述を一覧にしておく必要があります。買主も、基本合意の前の段階で同じ作業を行い、指摘すべき事項を整理します。この作業は、費用を要さず、数時間で終わります。着手が遅れる理由は、必要性が意識されていないという一点にあります。

風評の内容を、事実と評価とに切り分けます

取引の場面における切り分けの目的は、削除の可否を判断することではありません。当該記述が、契約書のどの条項で処理すべき事項に当たるかを判断することにあります。

記述が、対象会社の過去の行為に関する事実を述べている場合、その事実が真実であれば、それは開示すべき事項です。労働に関する紛争、行政からの指導、取引先との係争、税務に関する指摘、これらが記述の中に現れている場合、記述の真偽そのものよりも、その事実の有無を確かめる作業が優先されます。書き込みは、調査の端緒として扱います。

記述が、対象会社の役員又は従業員に対する評価にとどまる場合、取引の条件として処理すべき事項は限られます。この場合に問題となるのは、当該記述が今後の事業に与える影響、すなわち採用への影響、取引先の継続の意思、金融機関の評価です。これらは、価格の算定における将来の見通しの部分に反映させる事項であり、表明保証の対象とはなじみません。

切り分けの結果は、記述ごとに、真偽の確認の要否、開示の対象となるか、表明保証の対象となるか、価格に反映させるか、という四つの欄を持つ表として整理します。この表が、以後の交渉の共通の土台となります。

買主の側で行う調査の範囲と限界

買主が行う調査の範囲は、検索の結果を一覧にすることにとどまりません。記述の中に現れた事実について、対象会社に資料の提出を求め、事実の有無を確かめることが本体です。

質問は、書き込みの内容をそのまま示すのではなく、事項ごとに整理して行います。書き込みを示して説明を求めますと、対象会社は書き込みの真偽の議論に終始し、事実そのものの説明を避けます。「過去5年間に労働基準監督署から是正の勧告を受けた事実の有無及びその内容」といった形で、書き込みから離れた質問として構成してください。

調査には限界があります。第一に、書き手を特定することは、取引の期間の中では困難です。第二に、書き込みの内容が真実でないことの証明は、対象会社の内部の資料に依存しますので、資料が保存されていない古い事項については確かめることができません。第三に、削除されている記述や、検索の結果に現れない場所での記述は、把握することができません。

したがって、調査によって確かめることのできなかった事項は、その旨を記録に残し、契約書における表明保証と補償の設計へ送ります。調べ切れなかったことを曖昧にしたまま実行に進むことが、後の紛争の原因となります。

売主の側で先に手当てをしておく場合の順序

売主が交渉の前に行うべき作業は、四つの順序で進めます。

第一に、検索の結果の一覧化です。商号、旧商号、屋号、代表者及び主要な役員の氏名、主力の製品又は役務の名称の組合せで検索し、否定的な記述を漏れなく抽出します。第二に、各記述が述べる事実の真偽の確認です。真実である事実については、対応の経過と現在の状況を説明できる資料を揃えます。

第三に、真実でない記述のうち、削除の見込みがあるものについて、削除の手続に着手します。ただし、着手の時期に注意してください。交渉の直前に削除の申請を行い、その結果として書き込みが消えた状態で買主に提示することは、開示の姿勢として問題を生じます。削除の事実と、削除の前の内容は、いずれも買主に開示すべき事項として扱ってください。

第四に、開示の資料の作成です。記述の一覧、真偽の確認の結果、対応の経過を、一つの資料にまとめます。買主から指摘される前に売主から提示することにより、価格の交渉における立場が大きく変わります。隠していたのではないかという疑いを、最初から生じさせないためです。

表明保証の条項でどこまで手当てすることができるのか

表明保証は、一定の時点における事実の状態について、当事者が相手方に対して真実かつ正確であることを表明し、保証する条項です。したがって、対象とできるのは事実であり、第三者の評価や将来の見通しを対象とすることはできません。

風評に関して置く条項は、書き込みの不存在を保証させるものではありません。書き込みは第三者の行為であり、売主が支配できないためです。置くべきは、書き込みが指摘する類型の事実の不存在を保証させる条項です。「法令の違反の不存在」「行政機関からの処分又は指導の不存在」「労働に関する紛争の不存在」「取引先との係争の不存在」といった条項が、これに当たります。

あわせて、開示の資料に記載した事項を、表明保証の例外として別紙に掲げます。この別紙の記載の精度が、後の紛争の帰趨を決めます。抽象的に「過去の労働紛争」と記載するのではなく、当事者、時期、内容、終結の状況まで記載してください。記載が曖昧であれば、例外として掲げた効果が及ばず、違反を主張される余地が残ります。

表明保証の違反があった場合の効果は、契約書の定めによります。民法第415条第1項は、債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者はこれによって生じた損害の賠償を請求することができると定めています。表明保証の違反を債務不履行として構成する場合、この規定が基礎となります。

補償の条項と、価格の調整のいずれで処理するのか

処理の方法は二つです。第一に、価格を引き下げ、当該事項を織り込んだうえで実行する方法です。第二に、価格は変えず、当該事項によって損失が生じた場合に売主が補償する条項を置く方法です。

選択の基準は、損失の発生の確実性と金額の見積りの可否です。発生が確実であり、金額を見積もることができる事項は、価格の調整で処理します。発生が不確実であるが、生じた場合の金額が大きい事項は、補償の条項で処理します。書き込みが指摘する事実のうち、行政からの処分の見込みや、取引先からの請求の可能性は、後者に当たることが通常です。

補償の条項を置く場合には、上限の額、下限の額、請求をすることができる期間、及び請求の手続を明示します。特に期間の定めは重要です。民法第566条は、売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主はその不適合を理由として履行の追完の請求等をすることができないと定めています。株式の譲渡においてこの規定の適用の有無は議論のあるところですので、契約書に固有の期間を定めることによって、疑義を残さないようにします。

民法第562条第1項は買主の追完の請求権を定めており、民法第564条は、これらの規定が損害賠償の請求及び解除権の行使を妨げない旨を定めています。契約書で救済の手段を限定する場合には、これらの規定に基づく救済を排除する趣旨であることを明示してください。

取引の後に投稿が現れた場合の負担の分配

実行の後に新たな書き込みが現れる場合、その内容が実行の前の事実に関するものであるか、実行の後の事実に関するものであるかによって、扱いが分かれます。

実行の前の事実に関するものであり、かつ、表明保証の対象とした事項に該当する場合には、補償の条項に従って処理します。この場合、買主が示すべきは、書き込みの存在ではなく、書き込みが指摘する事実が実行の前に存在していたことです。書き込みそのものは、事実の存在を示す資料とはなりませんので、別途の裏付けが必要となります。

実行の後の事実に関するものである場合、又は事実の摘示を伴わない評価である場合には、買主が自らの負担で対応することになります。この点を、契約書に明示してください。「実行の日の後に公開された第三者による記述については、その内容が本件表明保証の対象事実に係るものである場合を除き、買主の負担において対応する」という趣旨の定めを置きます。

あわせて、実行の後に売主が対応に協力する義務を定めます。書き込みが実行の前の事実に関するものである場合、当時の資料は売主の側にあります。資料の提供と、必要な場合の陳述書の作成に協力する旨の条項を置いてください。この協力の条項がなければ、補償の条項があっても、買主は事実を立証することができません。

なぜ風評を放置したまま交渉に入ってはならないのか

理由は三つです。第一に、交渉の途中で買主が発見した場合、売主の説明の内容にかかわらず、開示の姿勢そのものが疑われます。第二に、発見の時期が遅いほど、確認の作業に要する期間が交渉の日程を圧迫し、価格の再交渉を招きます。第三に、書き込みの内容が真実であった場合、それは開示すべき事項の見落としを意味しますので、他の事項についても見落としがあるのではないかという推測を生みます。

会社法第467条第1項第1号は、事業の全部の譲渡について株主総会の決議による承認を要すると定めています。事業の譲渡の方式を採る場合には、この手続の期間が日程に加わりますので、風評の確認を後回しにする余地は更に小さくなります。

上場会社が当事者となる場合には、別の考慮が加わります。金融商品取引法第166条第1項は、会社関係者であって、上場会社等に係る業務等に関する重要事実を知ったものは、当該重要事実の公表がされた後でなければ、当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をしてはならないと定めています。風評への対応の過程で知った事実が重要事実に当たる場合には、この規制の適用を検討する必要がありますので、社内の情報の管理の範囲を最初に定めてください。

弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期

弁護士が担うのは、検索の結果の一覧の法的な評価、記述ごとの処理の区分の判断、買主の側では質問の設計と回答の検証、売主の側では開示の資料の作成、双方に共通しては表明保証の条項と例外の別紙の作成、補償の条項の設計、及び実行の後の協力の条項の作成です。

加えて、削除の手続を並行して進めるかどうかの判断も、弁護士の役割です。削除の手続には期間を要しますので、取引の日程との関係で着手の可否を決めます。実行の前に削除を完了させることを条件とする設計は、日程の見通しが立たない限り採るべきではありません。

民法第709条に基づく請求の主体が、実行の前後で入れ替わる点にも注意が必要です。株式の譲渡の場合、請求の主体は対象会社のままですが、事業の譲渡の場合には、譲渡の対象に含めるかどうかを契約書で定める必要があります。この整理を怠りますと、実行の後に、いずれの当事者も請求を行うことができない状態が生じます。

依頼の時期は、基本合意の前です。売主であれば、譲渡の意思を固めた時点で検索の一覧を作り、その評価を受けてください。買主であれば、意向表明の前に一覧を作り、質問の設計に反映させます。

いま確認していただきたいこと

対象会社の商号、旧商号、代表者及び主要な役員の氏名、主力の製品又は役務の名称について検索を行い、否定的な記述を抽出してください。抽出した記述ごとに、掲載の時期、内容の要旨、及び記述が指摘する事実の類型を記載した表を作成します。

次に、各記述が指摘する事実について、社内に資料が存在するかどうかを確認してください。労働に関する事項であれば勤怠の記録と是正の記録、行政に関する事項であれば通知書の写しと対応の記録、取引に関する事項であれば契約書と往復の書面が、これに当たります。

最後に、契約書の草案がある場合には、表明保証の条項の中に、記述が指摘する事実の類型が含まれているかどうかを確認してください。含まれていない類型がある場合には、条項の追加、又は例外の別紙への記載のいずれかを選ぶことになります。

よくあるご質問

書き込みが真実である場合、買主に開示しなければなりませんか

書き込みそのものではなく、書き込みが指摘する事実を開示してください。事実が表明保証の対象となる類型に属する場合、開示せずに実行しますと、表明保証の違反として補償の請求を受けることになります。開示のうえで例外の別紙に記載することが、売主にとって安全な処理です。

実行の前に書き込みを削除させることを条件にできますか

条件とすること自体は可能ですが、削除の手続に要する期間の見通しが立たない場合には、実行の時期が定まらなくなります。削除の努力義務にとどめ、削除が実現しない場合の取扱いを別に定める設計が、実務上は用いられます。

買主が発見した書き込みを理由に価格を下げると言われました

書き込みが指摘する事実の有無を確かめることが先です。事実が存在しないのであれば、それを示す資料を提示して交渉します。事実が存在するのであれば、その事実によって生じる損失の見積りを行い、価格の調整と補償の条項のいずれで処理するかを協議します。

対象会社の役員個人に関する書き込みも対象になりますか

その役員が実行の後も対象会社に残る場合には、事業への影響を検討する必要があります。役員が退任する場合には、影響は限定されますので、価格の交渉の材料としての意味は小さくなります。いずれの場合も、書き込みが指摘する事実が会社の行為に関するものであるかどうかで区別してください。

実行の後に補償を請求するために、何を残しておくべきですか

調査の段階で行った質問と回答の一式、開示の資料、及び実行の日の時点における検索の結果の記録を残してください。実行の日の時点の記録がなければ、その後に現れた記述が実行の前から存在していたのかどうかを示すことができません。

おわりに

取引の場面における風評の扱いは、消すか消さないかの問題ではなく、どちらの当事者が引き受けるかの問題です。記述を一覧にし、指摘された事実を確かめ、条項として書き分ける。この三つを実行の前に終えることが、後の紛争を防ぎます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。

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受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)

出典

  • 民法第415条第1項(債務不履行による損害賠償)、第562条第1項(買主の追完請求権)、第564条(買主の損害賠償請求及び解除権の行使)、第566条(目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限)、第709条(不法行為による損害賠償)
  • 会社法第467条第1項第1号(事業譲渡等の承認等)
  • 金融商品取引法第166条第1項(会社関係者の禁止行為) ※上場会社が当事者となる場合
  • 特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(平成13年法律第137号)第5条(発信者情報の開示請求)

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    弁護士土屋勝裕
    弁護士法人M&A総合法律事務所の代表弁護士。長島・大野・常松法律事務所、ペンシルバニア大学ウォートン校留学、上海市大成律師事務所執務などを経て事務所設立。400件程度のM&Aに関与。米国トランプ大統領の娘イヴァンカさんと同級生。現在、M&A業務・M&A法務・M&A裁判・事業承継トラブル・少数株主トラブル・株主間会社紛争・取締役強制退任・役員退職慰労金トラブル・事業再生・企業再建に主として対応
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