匿名の書き込みによって会社の信用が傷つけられ、投稿者に責任を負わせたい。そう考えて調べ始めた経営者の皆様が最初に突き当たるのは、投稿者の氏名も住所も分からないという事実です。相手方が分からなければ、訴状の宛先を書くことすらできません。書き込みの内容がどれほど悪質であっても、この一点で手続が止まります。
この問題を解くために設けられているのが、発信者情報の開示を裁判所に求める手続です。かつては、投稿が掲載された場所の管理者に対する手続と、通信の役務を提供する事業者に対する手続とを、別々の裁判の手続として順に行う必要がありました。その後の改正により新たに設けられた制度によって、これらを一つの非訟の手続の中で処理する道が開かれています。
結論から申し上げます。発信者情報開示命令の申立ては、提供命令及び消去禁止命令と組み合わせて用いることによって初めて機能する手続であり、三つを同時に申し立てるかどうかが、投稿者にたどり着けるかどうかを分けます。開示命令だけを申し立てますと、審理の間に通信の記録が失われ、命令を得たときには特定の手掛かりが残っていないという結果になり得ます。以下、順に御説明します。
本記事が扱う場面と、扱わない場面
開示に関する説明は、要件を論ずる部分と、手続の進め方を論ずる部分とに分かれますので、次のとおり切り分けます。
- 裁判所に開示命令を申し立てる手続の流れと、要する期間を知る場面……本記事
- 開示を請求することができる要件そのものを確かめる場面……発信者情報開示請求|匿名の投稿者を特定する手順と期間
- 投稿を見つけた直後に社内で行う保全の作業の場面……会社に対する誹謗中傷が発生した直後に行う記録の保全と初動
- 投稿を削除させることに主眼を置く場面……インターネット上の投稿の削除請求|任意の削除から仮処分までの手順
従来の二段階の手続が、一つの手続にまとめられました
令和6年の改正により従前の題名は改められ、現行の題名は「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」です。同法第5条第1項は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができると定めています。
同法第8条は、裁判所が、権利を侵害されたとする者の申立てにより、決定で、開示関係役務提供者に対し、第5条第1項又は第2項の規定による請求に基づく発信者情報の開示を命ずることができると定めています。この決定を求める申立てが、発信者情報開示命令の申立てです。
従前は、掲載の場所の管理者に対して仮処分を申し立て、そこで得た接続の情報を手掛かりに、通信の役務を提供する事業者に対して別途の訴訟を提起する必要がありました。二つの手続を順に行いますので、合計の期間が長くなります。現行の制度では、一つの事件の中で、後に述べる提供命令を用いて次の相手方へつないでいくことができます。
開示命令、提供命令及び消去禁止命令の関係
三つの命令は、役割が異なります。開示命令が結論を出す命令であり、提供命令と消去禁止命令は、その結論に至るまでの間に必要な状態を作るための命令です。
同法第15条第1項は、本案の発信者情報開示命令事件が係属する裁判所が、申立てにより、開示関係役務提供者に対し、他の開示関係役務提供者の氏名又は名称及び住所を申立人に提供すること、並びに申立人からの通知を受けたときに当該他の開示関係役務提供者へ発信者情報を提供することを命ずることができると定めています。前者によって次の相手方が判明し、後者によって次の相手方が手元の記録を照合することができます。
同法第16条第1項は、本案の発信者情報開示命令事件が係属する裁判所が、申立てにより、開示関係役務提供者に対し、当該申立てに係る発信者情報を消去してはならない旨を、当該事件が終了するまでの間、命ずることができると定めています。審理の途中で記録が消されることを防ぐための命令です。
実務では、掲載の場所の管理者を相手方として、開示命令、提供命令及び消去禁止命令の三つを同時に申し立てます。提供命令によって通信の役務を提供する事業者が判明した段階で、その事業者を相手方とする開示命令及び消去禁止命令を追加で申し立て、二つの事件を併合して審理する形を採ります。
申立てをする裁判所と、必要となる資料
同法第9条は、日本の裁判所が管轄権を有する場合を定めています。相手方が国外の法人である場合が多いことから、この規定の適用の有無を最初に確認します。同法第10条は管轄を定めており、東京高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所が管轄権を有する場合には東京地方裁判所に、大阪高等裁判所その他の西日本の高等裁判所の管轄区域内に所在する地方裁判所が管轄権を有する場合には大阪地方裁判所にも申し立てることができます。著作権等の侵害に係る事件については、これらの裁判所の専属管轄となる定めが置かれています。
申立てに必要となる資料は、第一に、投稿の内容と掲載の場所を示す資料です。第二に、申立人が法人である場合には、その資格を証する書面です。第三に、権利が侵害されたことが明らかであることを裏付ける資料です。第四に、相手方が国外の法人である場合には、その存在と代表者を示す資料です。
第三の資料が、実質的な争点となります。投稿の内容が事実の摘示である場合には、摘示された事実が真実でないことを示す社内の資料を添付します。財務に関する記述であれば決算の書類、取引に関する記述であれば契約書と履行の記録、人事に関する記述であれば就業規則と辞令の写しが、これに当たります。「事実に反する」とだけ述べた陳述書のみでは足りません。
権利が侵害されたことが明らかであるかどうかの判断
同法第5条第1項第1号は、当該開示の請求に係る侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるときを、開示の要件としています。同項第2号は、当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他当該発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるときを要件としています。
第1号の「明らかである」という文言は、権利の侵害が認められることに加え、違法性を阻却する事由の存在をうかがわせる事情がないことまで含むものとして運用されています。したがって、申立ての段階で、投稿が公共の利害に関する事実に係るものではないこと、又は摘示された事実が真実でないことを、資料によって示す必要があります。相手方の反論を待って補充するという進め方は適しません。
同項第3号は、特定発信者情報の開示について、追加の要件を定めています。特定発信者情報は、投稿の時点の接続の記録ではなく、利用のための登録の際の接続の記録に関するものです。相手方が投稿の時点の記録を保有していない場合や、保有している情報のみでは発信者を特定することができない場合に、この要件を満たすものとして請求します。
発令までに要する期間の目安と、通信記録の保存期間との関係
期間は、相手方の所在地、争う姿勢の有無、及び申立ての組合せによって大きく変わります。申立てから最初の期日までに数週間、相手方が国外の法人である場合には申立書の写しの送付に更に日数を要します。同法第11条は、裁判所が発信者情報開示命令の申立てがあった場合には申立書の写しを相手方に送付しなければならないと定めています。
提供命令は、本案の審理の結論を待たずに発せられますので、開示命令よりも早い段階で判断がされます。この点が、制度の要となります。提供命令によって次の相手方が判明した時点で、その相手方に対する消去禁止命令を申し立てることにより、記録の消滅を止めることができます。
接続の記録は、通信の役務を提供する事業者が業務上の必要から保有するものであり、期間の定めは法令に置かれていません。会社の側からは、いつ失われるかを知ることができません。したがって、投稿の発見から申立てまでの日数を短くすることが、唯一採り得る対策です。資料の収集に数か月を費やしてから申し立てるという進め方では、命令を得ても記録が残っていない事態が生じます。
開示を受けた後に採ることができる手続
開示によって得られるのは、氏名、住所、電子メールアドレス等です。これを受けて、民事の請求と刑事の手続のいずれか、又は双方を選択します。
民事では、民法第709条に基づく損害賠償の請求を行います。会社の場合の損害は、無形の損害のほか、売上げの減少、対応に要した費用、記録の保全に要した費用が含まれます。請求の前に、任意の交渉によって、削除、再発の防止の約束及び解決金の支払を内容とする合意に至る例もあります。
時効の管理を怠ってはなりません。民法第724条は、不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、又は不法行為の時から20年間行使しないときは、時効によって消滅すると定めています。開示によって加害者を知った時点が、3年の起算点として扱われますので、開示の日を記録に残してください。
あわせて、同法第7条が、第5条第1項又は第2項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者情報に係る発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならないと定めていることに留意してください。得られた情報を社内で共有する範囲は、請求の担当者に限定します。
異議の訴えが提起された場合の進み方
開示命令は非訟の手続における決定ですので、これに不服がある当事者は訴えによって争うことができます。同法第14条第1項は、発信者情報開示命令の申立てについての決定に不服がある当事者は、当該決定の告知を受けた日から1月の不変期間内に、異議の訴えを提起することができると定めています。申立てを不適法として却下する決定は、この対象から除かれています。
異議の訴えが提起されますと、通常の訴訟の手続に移り、口頭弁論を経て判決に至ります。ここでは、開示の要件の有無が正面から審理されますので、申立ての段階で提出した資料の厚みが、そのまま結果に反映されます。
発信者本人が争う場合もあります。同法第6条は、開示関係役務提供者が開示の請求を受けたときに発信者の意見を聴かなければならないこと、及び開示命令を受けたときに、開示に応じるべきでない旨の意見を述べた発信者に対してその旨を遅滞なく通知しなければならないことを定めています。発信者は、この通知を受けて、自ら争う手段を採ることがあります。
なぜ手続を分けて申し立てる場合が残るのか
一つの手続にまとめられたにもかかわらず、従前の仮処分と訴訟の組合せを用いる場合が残ります。理由は三つです。
第一に、投稿の削除を同時に求める場合です。開示命令の手続では削除を命ずることができませんので、削除を急ぐ場合には、削除を求める仮処分を別に申し立てる必要があります。第二に、相手方が任意の開示に応じる見込みがある場合です。裁判外の請求によって足りるのであれば、手続の費用と期間を要しません。第三に、相手方が国外の法人であり、送付に長い日数を要すると見込まれる場合に、並行して別の経路を確保する場合です。
同法第18条は、発信者情報開示命令事件に関する裁判の手続について、非訟事件手続法の一部の規定を適用しないと定めています。非訟事件手続法第1条は、同法が非訟事件の手続についての通則を定めるものであることを明らかにしていますので、開示命令の手続は、同法の通則に一部の修正を加えた形で運用されることになります。どの手続を選ぶかは、この構造を踏まえて、削除の必要性、相手方の所在、及び記録の残存の見込みを比較して決めます。
弁護士に任せられる範囲と、依頼の時期
弁護士が担うのは、相手方となる事業者の特定、管轄を有する裁判所の選定、申立書及び疎明の資料の作成、提供命令によって判明した事業者に対する追加の申立て、事件の併合の上申、開示を受けた後の交渉及び訴訟、並びに異議の訴えが提起された場合の応訴です。
加えて、開示の要件を満たすかどうかの見極めが重要な役割となります。投稿の内容が意見又は論評にとどまる場合、権利の侵害が明らかであるとは評価されませんので、申立てに要する費用と期間を費やしても結論に至りません。着手の前に、投稿の一つ一つについて、事実の摘示に当たる部分を抜き出し、開示の見込みを判断します。
依頼の時期は、投稿の内容を保全し終えた直後です。投稿の日時から日数が経過するほど、記録が失われる危険が高まります。社内で対応の可否を検討している期間そのものが、手続の成否を左右します。
いま確認していただきたいこと
対象とする投稿について、掲載の場所を示す文字列、投稿の日時、投稿者として表示されている名前又は番号を、一件ずつ整理してください。複数の投稿が同一の投稿者によるものと推測される場合であっても、申立ては投稿ごとに要件を検討しますので、まとめて扱ってはなりません。
次に、各投稿の本文から、事実の摘示に当たる文を抜き出し、その文が真実でないことを示す社内の資料の名称を並べてください。資料の名称を書けない文については、開示の見込みが下がりますので、申立ての対象から外すことを検討します。
最後に、投稿の日時から現在までの日数を数えてください。この日数が、手続の緊急度を測る唯一の客観的な指標です。日数が積み上がっている場合には、資料の完成を待たずに相談してください。
よくあるご質問
相手方が国外の法人であっても申し立てることはできますか
日本の裁判所が管轄権を有する場合には、申し立てることができます。同法第9条が、日本の裁判所が管轄権を有する場合を定めています。ただし、申立書の写しの送付に日数を要しますので、全体の期間は長くなります。
開示命令を得れば、必ず投稿者の氏名が分かりますか
相手方が保有している情報が開示の対象ですので、相手方が氏名を保有していない場合には、氏名は得られません。その場合には、開示された接続の情報を手掛かりに、通信の役務を提供する事業者に対して更に開示を求めることになります。
会社の役員個人に対する投稿でも、会社が申し立てられますか
権利を侵害されたとする者が申立人となりますので、役員個人に対する投稿については、その役員が申立人となります。会社の信用に対する加害としての側面がある場合には、会社と役員の双方が申立人となる構成を検討します。
手続の記録を相手方に見られてしまいますか
同法第12条が記録の閲覧等について定めており、同法第17条が当事者に対する住所、氏名等の秘匿について定めています。申立人の住所等を相手方に知られたくない場合には、この規定に基づく申立てを併せて行います。
申立てを途中で取り下げることはできますか
同法第13条が、発信者情報開示命令の申立ての取下げについて定めています。相手方との間で任意の解決に至った場合等には、取下げによって手続を終えることができます。取下げの可否と時期については、事件の進行の段階によって扱いが異なりますので、事前に確認してください。
おわりに
開示の手続は、要件の議論よりも、時間との競争によって結果が決まる手続です。三つの命令を組み合わせ、判明した相手方に切れ目なく次の申立てを重ねること。この運びを設計できるかどうかが、投稿者にたどり着けるかどうかを分けます。必ず解決できますから、一緒に頑張りましょう。
発信者情報開示命令の申立てに関する御相談
弁護士法人M&A総合法律事務所 電話番号 03-6435-8418
受付時間 8:00-21:00(土日祝含む)
出典
- 特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(平成13年法律第137号。旧題名「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)第5条(発信者情報の開示請求)、第6条(開示関係役務提供者の義務等)、第7条(発信者情報の開示を受けた者の義務)、第8条(発信者情報開示命令)、第9条(日本の裁判所の管轄権)、第10条(管轄)、第11条(発信者情報開示命令の申立書の写しの送付等)、第12条(発信者情報開示命令事件の記録の閲覧等)、第13条(発信者情報開示命令の申立ての取下げ)、第14条(発信者情報開示命令の申立てについての決定に対する異議の訴え)、第15条(提供命令)、第16条(消去禁止命令)、第17条(当事者に対する住所、氏名等の秘匿)、第18条(非訟事件手続法の適用除外)
- 民法第709条(不法行為による損害賠償)、第724条(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
- 非訟事件手続法第1条(趣旨)
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