身近に迫る誹謗中傷の脅威
日常生活で、スマートフォンやパソコンを使わない日はないといえるでしょう。
私たちは、インターネットを通じて世界中の人々と日夜つながっています。
インターネット上には、SNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)や匿名掲示板などといった、情報を簡単に発信できる仕組みが設けられています。
誰もが気軽に情報を発信しているのが現代社会の姿です。
一昔前であれば、情報を発信できるのは、テレビ・新聞・雑誌などのマスメディアや有名人だけでした。
しかし、インターネットを通じて匿名の人々がつながりあう現代では、不特定多数の人に向けて誰もが簡単に情報を発信できるようになっています。
情報発信が容易になったことには、社会の変化を促進するといった良い面だけでなく、悪い面もありました。
誰もが、簡単に、名誉毀損などの誹謗中傷行為を行ってしまうリスクが存在しているのです。
加害者になる危険だけではありません。
反対から見れば、誰もが被害者になるおそれもあるのです。
場合によっては、見ず知らずの人から攻撃を受けるおそれすらあります。
このように、情報化の進んだ現代社会に暮らす私たちは、誹謗中傷行為の加害者にも被害者にもなる危険と隣り合わせになっているのです。
名誉毀損や侮辱には刑事・民事の責任がある
誹謗中傷が名誉毀損や侮辱に該当する場合、刑事と民事の責任が発生します。
ここでは簡単に見ていきましょう。
刑事上の責任
誹謗中傷の行為は、名誉毀損罪(刑法230条)や侮辱罪(刑法231条)に該当する可能性があります。
犯罪として裁かれるということになります。
民事上の責任
名誉毀損や侮辱が、不法行為(民法709条・710条)として認められると、慰謝料を支払う責任を負います。
慰謝料以外に、謝罪広告を掲載するなど、被害者の名誉を回復するための措置を取るように求められることがあります(民法723条)。
さらに、加害表現の差し止めや削除を求められることもあります。
場合によっては、大きな金額の負担になるかもしれません。
名誉毀損の刑事責任とは?成立要件や刑罰について
刑法には名誉毀損の罪が定められています。
それでは、どのような場合に名誉毀損の罪が成立するのでしょうか?
名誉毀損罪の構成要件
「刑法第230条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。」
名誉毀損罪の「名誉」とは、外部的名誉(人に対して社会が与える評価)を意味します。
したがって、人に対する社会的評価を害する行為が、名誉毀損罪の対象になります。
なお、「人」の中には法人も含まれるので、団体や企業に対しても名誉毀損罪は成立します。
名誉毀損罪は、人の社会的評価を傷つけるような事実を、公然と示した場合に成立します。
以下で要件を詳しく見ていきましょう。
公然性
「公然」とは、不特定または多数の人が知ることができる状態をいいます。
不特定「または」多数なので、不特定か多数のどちらかに該当すれば公然性が認められます。
では、特定で少数の人だけに事実を示した場合はどうなるのでしょうか?
この点について、判例では、特定少数の人に事実を指摘した場合であっても、その人から不特定多数の人に伝わる可能性がある場合には、「公然」の要件を満たすとしています。
つまり、特定のわずかな人だけに事実を示した場合でも、名誉毀損罪は成立することがあるのです。
事実の摘示
「事実を摘示」とは、社会的評価を害するような具体的事実を指摘することです。
「摘示」とは指摘することを意味します。
この事実は真実であるか否かを問いません。
つまり、真実に合致する事実を示した場合と、真実でない事実を示した場合の両方で名誉毀損罪が成立するのです。
このことは、不倫で考えてみればわかりやすいでしょう。
たとえば、「Aさんは上司のBさんと不倫している」と言われたら、Aさんが本当に不倫をしているかどうかに関係なく、周囲の人から冷たい目で見られることになります。
もっとも、事実が真実であったときは、後述するように、一定の要件の下で責任を逃れる場合があります。
では、事実の摘示がなければ罰せられることはないのでしょうか?
たとえば、不特定多数に向けて「Cは気持ちが悪い」という発言をしていたような場合です。
誰かに対して「気持ちが悪い」と言うのは、事実を指摘したのではなく、単なる個人的な評価を述べたにすぎません。
したがって、名誉毀損罪は成立しませんが、事実の摘示を必要としない侮辱罪は成立する場合があります。
なお、被害者の氏名が明らかにされる必要はなく、伏せ字などで示された場合であっても被害者が特定できれば足ります。
名誉を毀損
「名誉を毀損」とは、人の社会的評価が低下するおそれがあることを意味します。
被害者の社会的評価が現実に侵害されたことまでは求められません。
社会的評価が傷つけられるおそれがあるだけで十分なのです。
なぜなら、現実に人の社会的評価が低下したということを証拠で示すのは困難だからです。
名誉毀損罪は、人に対する社会的評価(外部的名誉)を保護するものでした。
では、外部的名誉ではなく、内部的な主観的名誉(自分自身に対する名誉感情)は、名誉毀損罪で保護されないのでしょうか?
結論的には、名誉感情を傷つけられても名誉毀損罪は成立しません。
名誉毀損罪は、社会的評価を保護するものであり、名誉感情を保護するものではないからです。
ただし、名誉感情が傷つけられた場合にも、後述するように民事上の不法行為責任は成立する場合があります。
例外的に名誉毀損罪が成立しない場合
刑法第230条の2では、名誉毀損罪が成立しない要件を定めています。
これは、個人の名誉の保護と、憲法21条で保護される表現の自由とのバランスを取るために設けられたものです。
刑法230条の2では、名誉毀損罪が成立しない要件として、①事実の公共性、②目的の公益性、③真実性の証明の3つを定めています。
事実の公共性
公共性が認められるためには、摘示された事実が公共の利害に関わることが必要です。
それでは、個人のプライベートな事実は公共の利害に関わると言えるのでしょうか?
この点、個人の私生活に関する事実に社会的な利害があるとは考えにくいので、原則的に公共性が認められません。
しかし、その個人が関わっている社会的活動の性質や影響力の大きさなどによっては公共性があると認められることがあります。
典型的なのは、大企業の経営者や宗教団体の代表者などです。
このような人々は、社会に対する影響力が非常に大きいので、私生活上の事実でも公共性があると認められる可能性があります。
目的の公益性
名誉毀損罪を成立させないためには、公益を図る目的が必要です。
社会公共の利益になることを目的として、事実を摘示したことが必要になります。
したがって、金銭を得るためや復讐のため、嫌がらせ目的などでは、公益性が否定される可能性が高いでしょう。
なお、条文では「専ら」となっていますが、これは唯一の目的という意味ではありません。
たった一つの目的だけで人間が行動するのは困難なので、主な目的が公益を図ることにあればよいと考えられています。
真実性の証明
3つ目の要件として、指摘した事実が真実であることを証明する必要があります。
真実性の証明は、訴えられている側(被告人側)が行う必要があります。
それでは、真実性が証明できなかった場合は、他の2つの要件を満たしていても有罪になるのでしょうか?
この点については、真実であるとの誤信に確実な資料や根拠に照らして相当な理由がある場合は、犯罪の故意がないので名誉毀損罪は成立しないと考えられています。
これは名誉毀損になる?
政治家のスキャンダル記事は名誉毀損になる?
刑法230条の2の3項では、公務員に対してされた事実の摘示について、真実性の証明があるときは処罰しないことを規定しています。
この「公務員」の中には政治家も含まれています。
ですから、政治家のスキャンダルを暴いても、真実性が証明できれば名誉毀損の罪では処罰されません。
また、仮に真実性を証明できなかった場合でも、真実と誤信したことが確実な資料や証拠に照らして相当とされるならば、名誉毀損が成立しない可能性が高いと言えます。
したがって、真実性を証明できた場合はもちろんのこと、真実性の証明ができなくても、きちんとした資料や根拠を用意してそれに基づいて記事を作成したような場合には、名誉毀損罪になりにくいという結論になります。
芸能人の場合はどうか?
芸能人のスキャンダルを暴く行為は名誉毀損になるのでしょうか?
芸能人は「公務員」ではないので、刑法230条の2の3項を使うことはできません。
そこで、原則に戻って、①事実の公共性、②目的の公益性、③真実性の証明の3つを満たすか考える必要があります。
事実の公共性の点は、芸能人のスキャンダルが社会的な利益に関わるとは考えにくいので認められにくいでしょう。
また、目的の公益性の面でも、興味を満たすためや収入を得るためであることの方が通常なので、目的の公益性も認められるのは難しいでしょう。
真実性の証明は、事実の公共性と目的の公益性の両方が備わった場合に初めて問題になるので、芸能人のスキャンダルのケースでは問題になることが少ないと考えられます。
現実としては、芸能人に対する多少の誹謗中傷があっても告訴されずに見逃されていることが多いのでしょう。
しかし、これは芸能人の側がイメージの低下などを考えて、あえて告訴しないでいるから問題になっていないだけなのです。
後述するように、名誉毀損罪は親告罪なので、告訴がなければ裁判にはならないものです。
反対から見れば、芸能人側が告訴に踏み切れば、加害者が逮捕・起訴されるおそれも十分にあります。
芸能人に対する誹謗中傷も罪になることを、よく認識しておきましょう。
名誉毀損罪は「親告罪」
名誉毀損罪は、親告罪(刑法232条1項)です。
親告罪とは、被害者側の告訴がないと検察が公訴を提起(起訴)できない犯罪を意味します。
この「告訴」とは、捜査機関に犯罪の事実を申告して、加害者を処罰するように求めることをいいます。
名誉毀損罪は、告訴がなければ検察は起訴できない、つまり裁判を起こすことができないものです。
なお、犯人が誰かわからなくても告訴することはできます。
告訴には、犯罪事実の特定が必要ですが、犯人の特定までは求められません。
匿名のSNS上で名誉を害された場合にも、犯人の特定は不要ですので、告訴できることになります。
名誉毀損罪はいつまで訴えられる?告訴期間と公訴時効
刑事訴訟法235条で、親告罪の告訴期間は、犯人を知った日から6ヶ月以内に制限されています。
告訴期間は短くなっていますので、素早い対応が必要です。
告訴期間の他に、いわゆる時効(公訴時効)もあります。
名誉毀損罪の時効は犯罪行為が終わってから3年です。
3年間を経過すると、刑事裁判を起こすことができなくなります。
名誉毀損罪の刑罰はどのくらい?
名誉毀損罪の法定刑は、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金となっています。
決して軽い罪ではないことを知っておきましょう。
侮辱の刑事責任とは?成立要件や刑罰について
刑法には、侮辱罪という罪も定められています。
ここでは、簡単に侮辱罪について見ていきましょう。
侮辱罪の構成要件
公然性
公然性の要件は、名誉毀損罪と同様です。
不特定または多数の人に知られてしまうおそれがあることをいいます。
侮辱
「侮辱」とは、人格を軽蔑するような判断を示すことです。
名誉毀損とは異なり、事実を摘示する必要はないので、「バカ」「ブス」などの悪口や暴言も侮辱になります。
侮辱罪にも例外はある?
侮辱罪には、名誉毀損罪と違い、刑法230条の2のような例外が定められていません。
なお、政治・学問・芸術などの分野では、公共の利害に関する公正な批判や評論に対しては侮辱罪が成立しないとされています。
侮辱罪も「親告罪」です
侮辱罪も名誉毀損罪と同様に親告罪なので、起訴をするためには被害者側の告訴が必要です。
侮辱罪の告訴期間と公訴時効
侮辱罪の告訴期間は、名誉毀損罪と同じで、犯人を知った日から6ヶ月以内です。
時効の方は、名誉毀損罪と異なり、1年と短くなっています。
侮辱罪の刑罰はどのくらい?
侮辱罪の刑罰は、拘留または科料です。
拘留とは、1日以上30日未満の間で、刑事施設に収容されることをいいます(刑法16条)。
期間は比較的短いのですが、拘留には執行猶予がありません。
科料とは、1,000円以上1万円未満の金銭を納付させられることをいいます(刑法17条)。
名誉毀損罪と侮辱罪の違いは?
「事実の摘示」の有無
名誉毀損罪と侮辱罪で大きく異なる点は、「事実の摘示」にあります。
ある事柄を事実として示したならば名誉毀損罪の対象になりますが、個人的な評価を示した場合は侮辱罪の対象になります。
たとえば、「Aさんには犯罪歴がある」と言った場合などは、事実を摘示したとして名誉毀損罪が成立します。
これに対して、「無能」「ブス」などという個人の評価を述べた場合は、侮辱罪になります。
例外的に成立しない場合の有無
名誉毀損罪は、刑法230条の2にある一定の要件を満たした場合には成立しません。
しかし、侮辱罪にはこのような規定がありません。
時効期間の長短
名誉毀損罪の時効は3年ですが、侮辱罪の場合は1年と短くなっています。
刑罰
名誉毀損罪の刑罰は、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金です。
侮辱罪の刑罰は、拘留または科料です。
ケーススタディで見る名誉毀損と侮辱
人前で「バカ」「アホ」などと言われた場合は?
名誉毀損罪の成立には、事実を摘示したことで人の社会的評価が低下するおそれがあることが必要でした。
しかし、「バカ」「アホ」「ブス」といった暴言は、具体的な事実を示したものではありません。
単に個人的な評価を示しただけなのです。
したがって、このような場合には名誉毀損罪ではなく、侮辱罪が成立する可能性があります。
密室で1対1だった場合は?
会社で上司に会議室に呼び出され、1対1で話をする場面を想定してみましょう。
二人きりの会議室で上司から社会的評価が下がるようなことを指摘されても、不特定多数が知ることができるとは言えないので、公然性は認められません。
ただし、特に大きな声で話をするなど、廊下や隣の部屋にいる人にも聞こえる可能性がある場合は、公然性が認められて名誉毀損罪や侮辱罪が成立する余地があります。
SNSや掲示板に書き込まれた場合は?
ツイッターなどのSNSや、5ちゃんねるなどの匿名掲示板に書き込みがされた場合はどうなるでしょうか?
SNS上の書き込みは、インターネットを通じて不特定多数に広がる可能性が高いので、公然性の要件を満たします。
事実の摘示については、伏せ字やイニシャルなどがよく使われるので問題になります。
たとえば、「A銀行新橋支店の営業第5部部長の○山○男は、部下のB.Cと不倫している」といった書き込みです。
しかし、たとえ伏せ字等を用いたとしても、被害者が特定できれば足りるので、名誉毀損罪が成立することがあります。
このケースだと、新橋に銀行はいくつかあっても、営業第5部の「部長の○山○男」や「部下のB.C」は、周囲の人ならば誰のことか容易にわかるでしょう。
したがって、このようなケースでは、伏せ字やイニシャルが用いられていても名誉毀損罪が成立する可能性があります。
「神田のD書店のE.Fはブスでバカ」というような、主観的な評価を示しただけで事実の摘示がないケースは侮辱罪の対象になります。
メールを送られた場合は?
メールは送った相手しか見ないことを前提としているので、公然性が問題になります。
この点、もし相手一人にしか送っていないならば、公然性が認められる可能性は低いと考えられます。
しかし、CCなどを用いて一度に同じ内容のメールを複数の宛先に送った場合は、公然性が認められる可能性があります。
また、同じ内容のメールを一人ずつ複数の人に送った場合も、公然性が認められることがあります。
名誉毀損や侮辱の民事責任とは?慰謝料の相場はどれくらい?
名誉毀損や侮辱を行うと、刑事責任を問われる可能性があることを見てきました。
それだけでなく、民事上でも責任を問われることがあります。
ここでは、どのような民事責任があるか見ていきましょう。
名誉毀損や侮辱をすると不法行為責任を負う
名誉毀損や侮辱の行為は、刑法の上では別の犯罪として定められていました。
しかし、民法では、どちらの行為も不法行為の枠組みの中で考えます。
不法行為とは、故意または過失で他人の権利や利益を侵害し、そのことで損害を発生させることをいいます。
不法行為があった場合に、被害者は損害賠償を請求することができます。
したがって、名誉毀損や侮辱をすると、民事上では不法行為責任を負い、慰謝料を支払う義務が生じます。
なお、「慰謝料」とは、精神的な苦痛の埋め合わせとして支払われる金銭のことを意味します。
意見や論評でも責任を負うことがある
刑法で名誉毀損罪が成立するためには、公然と事実を摘示したことが必要でした。
ところが、不法行為は、事実の摘示だけではなく意見や論評を述べた場合にも成立します。
事実の摘示と意見・論評は、不法行為の成立を否定する要件に違いがあります。
では、事実の摘示と意見や論評を分ける基準はどうなっているのでしょうか?
この点について、判例では、証拠などによって存否を決めることができる事柄を主張している場合には事実の摘示に当たり、そうでなければ意見や論評を述べたものになるとしています。
たとえば、「Aステーキ店は、『国産牛100%使用』と書いてあるのに輸入牛肉を使用している」と示せば事実の摘示になります。
これに対して、「Aステーキ店のステーキはまずい」というのは、意見や論評になります。
国産牛100%使用と書いてあることや輸入牛肉を使用していることは証拠で明らかにできますが、ステーキがまずいことは個人の評価にすぎないので証拠で明らかにできないからです。
名誉毀損に民事責任が認められる要件とは?
名誉毀損の責任は、事実の摘示や意見・論評によって、人に対する社会的評価(外部的名誉)が傷つけられたときに発生します。
以下で詳しく要件を見ていきましょう。
故意または過失があること
不法行為に基づいて損害賠償を請求するためには、加害者に故意または過失があることが必要です。
刑事事件では故意の場合だけでしたが、民事では過失に対しても責任を問うことができます。
加害行為に違法性が認められること
不法行為の責任を追及するためには、事実の摘示や意見・論評が違法であると評価される必要があります。
表現の内容が、ある人に対する社会的評価を低下させるようなものだった場合は、原則として違法性が認められます。
加害行為の判断基準
それでは、どのような表現が人の社会的評価を低下させるものになるのでしょうか?
表現からどのような意味内容が読み取れるかという点が問題になります。
この点について、判例は、「一般読者の普通の注意と読み方」が判断基準になるとしています。
一般の読者を基準として読み取れる内容によって、社会的評価の低下があるか判断するということです。
表現について、一般の読者が、あの人はとてもひどい人だ、というように感じる内容かどうかが問題になります。
同定可能性
人の社会的評価を傷つけるような内容の投稿があったとしても、それが誰に対するものなのか明らかでなければ加害とは判断できません。
そこで、誰について表現されたものなのか特定する必要がありますが、この点については、問題の投稿だけでなく、関連する投稿の中身や、前後の表現の文脈などが総合的に判断されます。
したがって、イニシャルや伏せ字が用いられている場合でも、周辺の情報から特定の人を思い浮かべられるような場合には、責任を問うことが可能です。
損害が発生したこと
被害者側に何らかの損害が発生したことが必要です。
名誉毀損によって精神的なダメージを受けた場合は、その精神的な苦痛が損害になります。
発生した損害と加害行為との間に因果関係があること
因果関係とは、加害行為と損害が、原因と結果の関係にあることを言います。
事実の摘示などをされたことによって(原因)、心に傷を負った(結果)という関係にあることが必要です。
民事責任を免れる場合は?
民事責任を逃れるための要件は、事実を摘示する場合と、意見や論評を述べる場合とで異なります。
事実摘示型
公共性
摘示した事実が、公共の利害に関する事実であることが必要です。
多くの人の社会的な利害に関係するような事実であることが必要になります。
社会的な利害が問題になるので、個人の私生活に関する事実については、公共性が認められにくい傾向があります。
しかし、社会的な影響力の大きい個人の場合には、私生活に関する事実であっても公共性が認められることがあります。
公益目的
表現の目的が、主として公益を図ることにある必要があります。
主な目的が公益にあればよいので、他の目的が併存していても、それだけでは公益性を否定されません。
なお、公共性が認められた場合は、公益目的も認められる傾向があります。
真実性または真実相当性
摘示した事実の重要な部分が真実であると加害者が証明できた場合には、不法行為は成立しません(真実性)。
また、真実であることが証明できなくても、真実であると誤信し、かつ、誤信したことに確実な資料・根拠に照らして相当な理由がある場合には、責任を問われません(真実相当性)。
意見論評型
意見論評型は、事実摘示型と③④の要件が異なります。
公共性
事実摘示型と同様です。
公益目的
事実摘示型と同様です。
真実性または真実相当性
意見や論評の前提となっている事実について、重要な部分が真実であると証明できた場合には、責任を免れます(真実性)。
また、真実であることが証明できなくても、意見や論評の前提となっている事実の重要な部分について真実と誤信し、かつ、その誤信に相当な理由がある場合には、責任を問われません(真実相当性)。
事実摘示型では、摘示した事実そのものについて真実性や誤信の相当性を判断しましたが、意見論評型では、意見や論評をするための前提になっている事実について判断されるところに違いがあります。
逸脱性
意見や論評が、人身攻撃に及ぶなどの意見・論評としての域を逸脱したものではないことが要求されています。
逸脱の判断基準は、表現方法のしつこさや表現の内容、挑発行為の有無などを総合的に考慮します。
侮辱行為に民事責任が認められる場合とは?
名誉毀損が認められる場合の他に、侮辱的な表現によって名誉感情(人が自分の価値に対して持つ主観的な評価)を傷つけられる場合も不法行為の対象になります。
この名誉感情は、自尊心やプライドと言い換えてもよいでしょう。
自尊心・プライドを傷つける侮辱行為に対しては、不法行為責任を問えるのです。
それでは、どのような場合が名誉感情の侵害になるのでしょうか?
この点について、判例では、社会通念上許される限度を超える侮辱行為の場合に名誉感情の侵害が認められるとしています。
そして、名誉感情の侵害が社会通念上許される限度を超えるかの判断は、言動の内容や前後の文脈、言動の態様や状況、言動の程度などを総合的に考慮して決定します。
このように、言動の内容や、前後の文脈などを総合的に考慮した結果、社会通念上許されない侮辱行為であると認められた場合には、名誉感情が侵害されたものとして、不法行為の責任が発生します。
慰謝料の相場は?名誉毀損と侮辱の場合
名誉毀損の場合の目安は、個人の被害者については10万円から50万円、法人の被害者については50万円から100万円ぐらいとされています。
侮辱の場合であれば、1万円から10万円ほどです。
これはあくまで目安なので、具体的な事情によっては高くなることも安くなることもあります。
判例で見る慰謝料請求が認められた5つの場合
同姓同名の他人の破産を示したケース
原告Aは女性ジャーナリストで、テレビ局の従業員だった男性からの性被害を訴えていました。
被告は、ツイッター上で、「Aって偽名じゃねーか!」という文章に「#性行為強要」と「#B」というハッシュタグを付けて、通名を「A」とし、本名を「B」とする外国人の破産に関する官報公告記事の画像を添付してツイートしました。
裁判所は、この投稿が、原告が本名「B」、通名を「A」とする外国人で、破産手続開始決定を受けたという事実を摘示するものであるとしました。
また、一般読者を基準にすれば、原告が破産したかのような印象を与え、原告の社会的評価を低下させると認められるとして、33万円(慰謝料30万円、弁護士費用3万円)を支払うように命じました。
(令和3年7月6日東京地裁判決)
ブログの記事が問題になったケース
マンションの管理組合代表だった被告が、自身のブログに「A商店最期の日」という記事を投稿し、その中で「当マンションの隣の空き地になんの事前報告も無しに突如産業廃棄物(建設残土)臨時保管所が設営された。」、「粉じんで汚れる窓やバルコニー、隣接するマンション駐車場の車は砂だらけ。」、「苦情を伝え改善対策をお願いするも誠意ある対応は一切なし。」などといった記述をしました。
裁判所は、これらの表現が原告である業者の社会的評価を低下させるものであると認め、100万円の損害賠償を認めました。
(平成24年12月21日名古屋高裁判決)
アカウントのなりすましがあったケース
原告は「A」というアカウントを用いてSNSを利用していましたが、被告もアカウントを「A」に設定し、プロフィール画像に原告の顔写真を使用していました。
被告は、原告になりすまして、掲示板に「妄想ババアは2ちゃん坊を巻き込んでやるなよ ヒャッハー*(^o^)*あ~現場着くわ!またな、おばあちゃん」、「なんなんですか?ザコなんですか。」などの書き込みをしました。
裁判所は、一般の閲覧者の普通の注意と読み方を基準にすれば、これらの書き込みは原告によってされたと誤認されるものであると認めました。
その上で、書き込みが原告の社会的評価を低下させるものであるとして、名誉権の侵害を認めました。
結果として、名誉権侵害の他に、顔写真を無断で使用したことには肖像権侵害を認め、総額130万6,000円(慰謝料60万円、弁護士費用の合計70万6,000円)の賠償を命じました。
(平成29年8月30日大阪地裁判決)
被害者が自殺してしまったケース
考古学者だった被害者は、中心者として大分県内のある遺跡の第1次発掘調査に携わっていました。
この遺跡からは旧石器時代の人骨などが発見されたのですが、後の第2次調査では年代が異なるという調査結果が示されています。
被告の週刊誌側は、このことに対して、当時別に問題になっていた石器捏造事件を随所に引用することにより、発掘していた被害者自らが予め埋めておいたものであるとの印象を与えるような記事を掲載しました。
さらに「「では、いったい誰がいつ『神の手』を駆使したのか。」、「注目されて、学術予算もつく、と思っている考古学者が多かった」、「(被害者が教授を務めていた大学)を発掘調査する必要がありはしまいか。」などと記載することで、被害者が捏造に関与した疑いがあるとの印象を与えました。
最終的には、被害者が抗議のために自殺するという痛ましい結末になりました。
裁判所は、週刊誌の記事が被害者の名誉を侵害するものであるとして、遺族に対する総額920万円の損害賠償命令と、謝罪文掲載命令を出しました。
(平成16年2月23日福岡高裁判決)
侮辱的な記事に対し名誉感情の侵害を認めたケース
原告は、栄養士免許を取得するために、ある公立大学に入学願書を提出したのですが、男性であるために出願を不受理とされました。
このことに対し、原告は、大学を被告として、憲法14条違反を理由に、不受理処分の無効確認や損害賠償を求める訴訟を起こしていました。
被告の出版社は、週刊誌に「女子大に入りたい男」という記事を載せ、「バカじゃないかしら。女子トイレに女しか入れないのも男子校に男しか入れないのも違憲になるの?」、「戦後、いわゆる『平等バカ』が大量発生した。」、「そんなに小遣いが欲しいなら歌舞伎役者みたいに体を売ればいいじゃない。そういう経験がゲイの肥やしになるんだから」などと記載しました。
裁判所は、これらの記述に対し、原告の社会的評価を低下させるものではないとして、名誉毀損の成立は否定しました。
しかし、一方で、名誉感情も保護に値するとし、表現態様が著しく下品であったり侮辱的、誹謗中傷的であったりするなど、社会通念上許される限度を超える侮辱行為は、名誉毀損とは別に不法行為を構成するとしました。
問題となっている記事については、「バカじゃないかしら」や「平等バカ」については、社会通念上許容される限度を超えるとまではいえないとしました。
しかし、「そんなに小遣いが欲しいなら~」の部分については、原告への人格攻撃に及んでいるとし、許容される限度を超える侮辱行為に当たるとして、名誉感情侵害の不法行為を認めました。
結論として、被告に対し、55万円(慰謝料50万円、弁護士費用5万円)の損害賠償を命じました。
(令和元年9月26日福岡地裁判決)
名誉毀損で訴えたい!刑事と民事の手続きの流れ
刑事事件として告訴するとき
刑事手続きの大まかな流れ
①告訴状の提出・受理
②捜査の開始
③逮捕または任意取り調べ
④起訴または不起訴
⑤公判(起訴された場合)
⑥判決
名誉毀損は親告罪なので、被害者は、まず告訴状を受理してもらう必要があります。
告訴状が受理された後の捜査や裁判は、警察や検察が行います。
民事事件で損害賠償を請求するとき
民事手続きの大まかな流れ
①訴状の提出
②第1回口頭弁論期日の指定と呼出
③弁論手続
④証拠調べ(証人尋問など)
⑤弁論の終結
⑥判決の言渡
民事で名誉毀損を訴えるには、手続きを全て自分で行う必要があります。
さらに、民事訴訟では訴状に被告の住所・氏名を書く必要があるため、相手の個人情報を特定する必要があります。
インターネット上の書き込みの場合は、発信者情報開示請求を行って書き込みをした人を明らかにします。
これらの手続きを行った上で、訴状などの書面の作成、証拠の収集などをしなければなりません。
民事で訴えを起こすのは、非常に手間がかかります。
弁護士に相談する方がいい?
弁護士に相談するメリットとは?
適切に判断してもらえる
名誉毀損の成立には、事実の摘示や公然性などの要件を満たした上で、責任を逃れられる場合ではないことが必要です。
これらの要件を適切に判断するのは簡単なことではありません。
弁護士は、専門家として深い知識を持っていますので、相談すれば名誉毀損に当たるのか適切に判断してもらえます。
また、名誉毀損に当たる場合には、その後にどう対応すればよいのか、具体的にアドバイスをしてもらえます。
交渉と裁判手続きを全て任せられる
相手方と交渉して、納得がいく結果を引き出すのは大変なことです。
また、民事で名誉毀損の訴えを起こすのは、発信者の特定や裁判の準備で、とても手間がかかります。
刑事でも、告訴状を受理してもらえないとその後の手続きが進まないという問題があります。
弁護士に依頼しておけば、交渉と手続きの全てを、プロの知識と経験で処理してもらえます。
精神的な負担が軽くなる
加害者の立場であれば、犯罪になるのかどうか、慰謝料を請求されるのかどうかなどの不安でいっぱいになることでしょう。
被害者の立場では、一刻も早く名誉毀損の表現を削除してもらう必要がありますし、受けた損害を償ってもらいたいと思うでしょう。
また、加害者に接触したくないのに交渉しなければならないといった、ジレンマに立たされることがあるかもしれません。
弁護士に頼んでおけば、すべて適切に対処してもらえるので、こういった精神的な負担から解放されます。
慰謝料を有利にできる可能性がある
弁護士は、名誉毀損に関する判例や、具体的なケースでの慰謝料の相場について熟知しています。
自分一人で交渉や裁判を行った場合には、知識のないままに相手のいいなりになってしまうかもしれません。
しかし、弁護士に相談することで、加害者・被害者どちらの立場であっても、適切な慰謝料の額になることが期待できます。
逮捕・起訴を防げる可能性がある
名誉毀損の加害者になってしまった場合、最も避けたいのは逮捕と起訴でしょう。
起訴されてしまえば、最悪の場合は懲役刑を受ける可能性すらあります。
しかし、名誉毀損罪は親告罪なので、被害者が告訴状を提出しなければ逮捕や起訴を避けられます。
そこで重要になるのが被害者との交渉ですが、加害者として直接被害者と示談交渉をしたのではうまくいくとは限りません。
弁護士に依頼しておけば、様々な例と比較して適切な条件で示談交渉を行うため、相手に納得してもらえることが期待できます。
また、すでに告訴されている場合にも、告訴を取り下げてもらう交渉がうまくいく可能性があります。
弁護士に相談するデメリットはある?
弁護士に相談すると費用がかかるというデメリットがあります。
相談するだけでなく、その後に事件の解決を依頼するとなると、相談料、着手金、報酬金、印紙代、切手代、交通費、宿泊費、日当などがかかります。
弁護士に依頼するメリットは大きい
弁護士への相談・依頼には費用がかかりますが、総合的に考えると、個人で悩んでいるよりも大きなメリットがあります。
弁護士に依頼することで全てを任せられますし、名誉毀損の被害・加害によって生じる精神的な負担も軽くなります。
また、慰謝料を有利にしてもらえる可能性があることなどの利益があります。
弁護士に頼むことは費用がかかることですが、名誉毀損がなければ実現していたはずの生活を取り戻すためには、最善の方法であると言えます。
まとめ
この記事では、名誉毀損や侮辱について、刑事と民事でどのような責任があるのか見てきました。
インターネットが生活の隅々にまで関わっている現代社会では、誹謗中傷のリスクから完全に逃れることは困難です。
名誉棄損や侮辱について正しい法的知識を身につけ、困ったときは専門家に助けを求めるようにしましょう。
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